はじめに
「夫(妻)から暴力を受けているけれど、どこに相談すればいいかわからない」「別居したいのに、また見つけられて追いかけてこられないか怖い」——そのような不安を抱えながら毎日を過ごしている方がいらっしゃるかもしれません。
身体的な暴力だけでなく、精神的な支配や脅迫なども「DV(ドメスティック・バイオレンス)」に含まれます。DV被害を受けている方が自分の身を守るための法的手段として用意されているのが、「保護命令」制度です。
この記事では、保護命令とは何か、どのような種類があるのか、申立てに必要な要件や書類、手続きの流れ、そして発令後の効果について詳しくご説明します。記事を読み終えることで、保護命令制度の全体像を把握し、次に何をすべきかの見通しを持てるようになることを目指しています。
1. 保護命令とは — DV防止法に基づく制度の概要
DV防止法の目的
保護命令は、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」(通称「DV防止法」または「配偶者暴力防止法」)に基づく制度です。この法律は2001年に制定され、その後複数回改正が重ねられてきました。
DV防止法が対象とする「配偶者からの暴力」には、身体的暴力(殴る・蹴る・物を投げつけるなど)のほか、精神的暴力(脅迫・侮辱・無視など)、性的強要なども含まれます。
保護命令の仕組み
保護命令とは、DV被害者の申立てにより、裁判所が加害者(配偶者など)に対して一定の行為を禁止する命令を出す制度です。民事上の手続きであり、刑事事件とは別の手続きです。
保護命令に違反した加害者には、1年以下の懲役または100万円以下の罰金という刑事罰が科せられます(DV防止法第29条)。このように法的な強制力を持つ点が、保護命令の大きな特徴です。
誰が申立てできるか
保護命令を申し立てることができるのは、以下に該当する方です。
- 配偶者(婚姻中の相手)または元配偶者から暴力を受けた被害者
- 事実婚(内縁関係)の相手から暴力を受けた被害者
- 生活の本拠を共にする交際相手から暴力を受けた被害者(2014年改正で追加)
申立ては被害者本人が行うことが原則ですが、弁護士に代理人として依頼することもできます。
2. 保護命令の5つの種類
DV防止法が定める保護命令には、主に5種類があります。被害の状況や必要性に応じて、複数の命令を同時に申し立てることも可能です。
(1) 接近禁止命令
加害者が被害者の身辺につきまとったり、住居・勤務先その他被害者が通常いる場所の付近をうろつくことを禁止する命令です。有効期間は発令の日から6か月間です。
「通常いる場所」には、自宅や職場のほか、子どもの学校や親の家なども含まれることがあります。
(2) 退去命令
被害者と加害者が同居している場合に、加害者に対して住居から退去することを命じる命令です。有効期間は発令の日から2か月間です。
退去命令は、被害者が住み慣れた家を離れずに済むようにするための命令です。ただし、2か月という期間は比較的短いため、この間に離婚や転居などの対応策を検討することが重要です。
(3) 子への接近禁止命令
接近禁止命令が出た場合に付随して申し立てられる命令で、被害者と同居している子ども(16歳未満)へのつきまとい等を禁止するものです。有効期間は接近禁止命令と同じ6か月間です。
子どもが学校の行き帰りに加害者に接触されるリスクを防ぐために活用されます。
(4) 親族等への接近禁止命令
接近禁止命令が出た場合に付随して申し立てられる命令で、被害者の親族その他の関係者(被害者と社会生活において密接な関係にある者)へのつきまとい等を禁止するものです。有効期間は6か月間です。
加害者が被害者の居場所を突き止めるために親族に接触するといった事態を防ぐことができます。
(5) 電話等禁止命令
接近禁止命令が出た場合に付随して申し立てられる命令で、面会の要求・連続した電話・FAX・メール・SNSのメッセージ送信などを禁止するものです。有効期間は6か月間です。
精神的な嫌がらせや監視が続いている場合に特に有効な命令です。2022年の改正により、GPS機器の取り付けなどによる位置情報の取得も禁止対象に加わりました。
3. 保護命令の申立て要件と手続きの流れ
申立ての要件
保護命令が認められるには、大きく分けて以下の要件を満たすことが必要です。
配偶者等からの暴力の存在
身体に対する暴力または生命・身体に対する脅迫を受けたことが必要です。精神的暴力単独では保護命令の対象とならない点に注意が必要です(ただし、脅迫に該当する言動は含まれます)。
再び暴力を受けるおそれがあること
過去に暴力を受けているだけでなく、今後も暴力を受ける危険性があると認められることが要件となります。
申立て先
申立ては、申立人(被害者)の住所または居所を管轄する地方裁判所に対して行います。
なお、被害者が加害者に住所を知られることを避けたい場合は、裁判所に申し出ることで住所の記載を省略したり、秘匿する対応が取られることがあります。
手続きの流れ
ステップ1: 相談・証拠収集
まず配偶者暴力相談支援センター、警察、または弁護士に相談します。この段階で暴力の証拠を整理しておくことが重要です。
ステップ2: 申立書の作成と提出
地方裁判所に申立書類一式を提出します。申立ての際には収入印紙(1,000円)と郵便切手が必要です。
ステップ3: 審問期日
原則として、申立人と相手方(加害者)双方からの意見を聞く「審問」が行われます。ただし、審問を実施すると申立人の生命・身体に危険が生じるおそれがある場合は、申立人のみへの審問で保護命令を発令できる場合があります。
ステップ4: 保護命令の発令
裁判所が要件を満たすと判断した場合、保護命令が発令されます。発令された命令は相手方に送達されます。
ステップ5: 審問から発令まで
申立てから発令まで、早ければ数日から1週間程度で手続きが進むことが多いとされています。ただし事案によって異なりますので、裁判所に確認することをお勧めします。
保護命令の期間延長・更新
接近禁止命令等の有効期間(6か月)が満了する前に、引き続き保護が必要な場合は、保護命令の更新(期間延長)を申し立てることができます。
4. 申立てに必要な書類と証拠
必要書類
保護命令の申立てに必要な主な書類は以下のとおりです。
- 保護命令申立書(裁判所所定の書式があります)
- 申立人の陳述書(暴力の状況、日時、場所、経緯などを詳細に記載したもの)
- 配偶者関係を証明する戸籍謄本または住民票(事実婚の場合は関係を示す資料)
- 相手方の住所が確認できる書類(住民票など)
申立書の書式や記載例は、各地方裁判所の窓口やウェブサイトで入手できることがあります。
証拠の集め方
保護命令の申立てにあたっては、暴力を受けた事実を裏付ける証拠を準備することが審理を円滑に進めるうえで重要です。
診断書・医療記録
暴力による傷や怪我について病院を受診した場合、その診断書は有力な証拠になります。過去のものであっても保存しておくことをお勧めします。
写真・動画
傷跡、壊された物、脅迫的なメッセージが書かれた紙などの写真を撮っておきましょう。スマートフォンの写真には撮影日時の情報が記録されているため証拠価値があります。
メッセージ・メール
脅迫的または暴力的な内容のメッセージ、LINE、メール、SNSのやり取りはスクリーンショットで保存しておきましょう。
日記・メモ
暴力を受けた日時、状況、内容を記録した日記やメモも証拠として使えます。できるだけ具体的に記載しておくと有効です。
警察への届出記録
警察に相談または被害届を提出している場合、その記録も証拠として活用できます。
目撃者の証言
暴力を目撃した人(子どもを除く)がいれば、その証言も証拠になり得ます。
証拠の準備が難しいと感じる場合でも、陳述書の内容が詳細で一貫している場合には保護命令が認められることもあります。弁護士や相談窓口に相談しながら進めることをお勧めします。
5. 保護命令が発令された後の効果と違反した場合
発令後の効果
保護命令が発令されると、裁判所から相手方(加害者)にその命令が送達されます。命令の内容に従い、加害者は一定期間、被害者への接近や連絡などを行ってはならない義務を負います。
被害者は発令された保護命令の謄本(写し)を受け取ることができます。この謄本を携帯しておくことで、万が一加害者が近づいてきた際に警察に提示し、迅速な対応を求めることができます。
相手方が違反した場合
加害者が保護命令に違反した場合、被害者はすぐに警察に通報することができます。違反行為は刑事事件として取り扱われ、加害者は逮捕・起訴される可能性があります。
DV防止法第29条は、保護命令に違反した者に対して「1年以下の懲役又は100万円以下の罰金」を定めています。民事上の命令に刑事罰が伴う点が、保護命令の大きな抑止力となっています。
保護命令だけでは限界がある場合
保護命令はあくまでも禁止命令であり、物理的に加害者を拘束するものではありません。万が一加害者が命令を無視して接近してきた場合には、迷わず110番に通報してください。
また、保護命令の有効期間が終了した後も危険が続く場合には、更新申立てのほか、離婚手続きや接近禁止の仮処分など、別の法的手段と組み合わせて身を守ることを検討することが重要です。
6. 弁護士に依頼するメリット
申立書の作成サポート
保護命令の申立書や陳述書は、裁判所が判断するための重要な書面です。暴力の事実、頻度、状況を具体的かつ説得力のある形で記載することが求められます。弁護士は法的に有効な記載方法を知っており、申立てが認められやすい書面作成をサポートします。
証拠の整理と補強
どのような証拠が有効か、何が不足しているかを専門的な観点から判断し、必要に応じて追加の証拠収集についてアドバイスを受けることができます。
審問期日への同席
審問期日では、裁判官や相手方からの質問に答えることが求められる場合があります。精神的なプレッシャーが大きい場面でも、弁護士が代理人として同席・対応することで、申立人の負担を軽減できます。
加害者との直接交渉の回避
弁護士を代理人として選任すると、相手方との連絡窓口を弁護士に一元化することができます。これにより、被害者が直接加害者と関わることなく手続きを進めることができます。
離婚・財産分与など関連手続きの一括対応
保護命令の申立てと並行して、離婚調停・訴訟、子どもの親権・養育費の問題、財産分与など多くの法律問題が生じる場合があります。弁護士であれば、保護命令以外の関連手続きも一括してサポートすることが可能です。
弁護士費用について
弁護士費用は事案の内容や弁護士事務所によって異なるため、まずは無料相談や初回相談を活用して見積もりを確認することをお勧めします。費用に不安がある場合は、弁護士費用の立替え制度(審査があります)を利用できる場合があるため、弁護士に相談する際に確認してみてください。
7. まとめ
この記事では、保護命令の概要から申立て手続きの流れ、必要な書類・証拠、発令後の効果、弁護士に依頼するメリットまでを解説しました。
保護命令は、DV被害を受けている方が身を守るための重要な法的手段です。主なポイントを整理すると以下のとおりです。
- 保護命令はDV防止法に基づき、地方裁判所に申し立てる制度
- 接近禁止・退去・子への接近禁止・親族等への接近禁止・電話等禁止の5種類がある
- 申立てには「配偶者等からの暴力の存在」と「再び暴力を受けるおそれ」が必要
- 診断書・写真・メッセージなど具体的な証拠を準備することが重要
- 命令違反には刑事罰(1年以下の懲役または100万円以下の罰金)が科せられる
- 弁護士に依頼することで、書面作成から審問対応まで一貫したサポートを受けられる
まず安全な場所に身を置くことを最優先にしつつ、配偶者暴力相談支援センター(各都道府県に設置)、最寄りの警察署、または弁護士に相談することから始めてみてください。一人で抱え込まず、専門家のサポートを活用することが大切です。
免責事項
本記事は、保護命令制度に関する一般的な情報を提供することを目的として作成されたものであり、特定の法的問題に対する法律上のアドバイスや意見を提供するものではありません。法律や制度の解釈・適用は個別の事情によって異なるため、具体的な問題については必ず弁護士などの専門家にご相談ください。本記事の内容は執筆時点の法令等に基づいており、法改正等によって内容が変更されている場合があります。本記事を参照したことによって生じたいかなる損害についても、当事務所は責任を負いかねます。